男でも取得が可能な育児休業法が施行されたのが1992年の4月。それから、6年経過したにもかかわらず、男の育児休職の取得率は、相変わらず低い状態が続いている。96年度の労働省調べでは、その取得率は、わずか0.16%。なぜこうも低い状態が続くのか。
近年、父親の育児参加は育児雑誌にも、マスコミでもかなり取り上げられるようになった。今年の「厚生白書」でさえも、子育てへの父親の積極参加を促している。少しずつ、世の中は変化をし始めている。しかし、まだまだ、男が育児休職の取得を職場で口に出せる雰囲気はないのが一般的だ。
これに比べて、スウェーデンやノルウェーでは、男の取得率は高い状態が続いている。特に、ノルウェーでは、パパクオータ制の下、その取得率は90%に達する勢いである。日本とは何がどう違うのか。
「男も女も育児時間を!連絡会」では、昨年の9月、有志7名が、ノルウェーとスウェーデンを訪問。男の育児休職取得の実態や、男女平等政策の実態を調査してきた。その実態調査をまとめた報告書は、関係者に衝撃を与えている。
この分科会では、日本における男の育児休職の取得率がなぜ低いのかについて言及するとともに、日本より進んだ北欧の育児休職制度の現状や、高い男の取得状況、そしてそれを達成した社会状況などについて触れる。そして、このことを通して、どうやったら男の育児休職が広がって行くのか、参加者とともに考える。
発言者(50音順) 石井クンツ昌子/金沢恵子/田尻研治/富永誠治/松田正樹/森絹江
1997年9月に育時連のメンバー数名が、東京都女性財団からの補助を受けて行った、ノルウェーとスウェーデンの仕事と育児家事両立のシステム及び現状の調査結果をもとに、なぜ今の日本では男の育児休職が広がらないのかを中心に、仕事と家事育児の両立にまつわる諸問題を考えることを狙いとして、本分科会は行われた。50名近くは入るだろう広い部屋に、20名強程度の人に来て頂き、ゆったりと会は始まった。
まず最初に、北欧調査を中心的に企画推進して来た松田さんから、豊富なスライドを用いて、ノルウェーとスウェーデンでの訪問先と調査内容の概要が報告された。
次いで、調査の参加者がひとりずつ、各自の問題意識に基づく北欧調査感想を中心に、そこから見えて来た今の日本の現状や問題点等を約10分程度話してもらうことからスタートした。
詳細な調査報告は、今年の3月15日に発行された「スウェーデン、ノルウェー視察旅行報告書」にゆずり、ここには各パネラーの主張の概要のみ記すことにする。
田尻さんは、そもそもこの調査旅行の起点となった、ノルウェーの男女平等オンブッドのアンネリーセリーエルさんとの出会い、そこで深めた「意思決定の場への女性の進出と、男性の家事育児への参画は、表裏一体である」という思いと、リーエルさんから紹介された育児休暇の父親割当制(パパクォータ)の必要性等を話した。そして、割当性を社会に許容させるためにも、男女平等基本法の制定が必要であると訴えた。
つぎに石井クンツさん。
カリフォルニア大学の社会学教授として、日米の父親比較の研究のフィールドとして育時連に興味を持ち、男女平等の先進国と言われる北欧調査にも同行した。
確かにあらゆる場への女性進出が進んでいる北欧でも、ジェンダー(=生物学的性差に対比させた社会学的な性差)をめぐる問題はなくなっておらず、日本の抱える問題と本質的な所で通じている感じを持ったという感想を述べた。また、社会学者は、研究のための研究になることなく、もっと実社会にコミットしていく必要があることも述べた。
富永さんは、渋谷区の労組書記長として、北欧の労働組織の取り組みや果たして来た役割に興味があり、スウェーデンで訪問した全国労働組織(LO)を中心に報告した。
組織率23%の日本の労働組合に比べ、LOは84%の組織率を誇り、政策決定への影響力が日本とは大きく異なり、執行委員会の決定が2年後には政策として実行されることが起こりうることなどを報告した。政策決定における、今の北欧と日本の決定的な違いは、労組とNGOの役割の大きさであり、また意思決定の場への女性の進出の進展度合であることも付け加えられた。
金沢さんは、シングルという立場で育時連にかかわってきた人だが、海外青年協力隊としてアフリカへ渡ったり、国連のキャンプセミナーに参加したりしてきた経験から、NGO(非政府組織)の役割を強く意識するようになった。
今回、ノルウェーで、国内の50のNGOを取りまとめているFOCUSの事務局長エリザベスさんと単独で面会ができ、会うなり開口一番「政府を動かしなさい」と言われ、ノルウェーの男女平等は自分達が闘って、勝ち取って来たもの、そして自分達が国を動かしているという、ゆるぎない自信を十二分に感じ取れたことを報告した。
最後に、森さん。彼女はフリーライターで、以前育時連で出版した「育児で会社を休むような男達」の、取りまとめをお願いして以来のおつきあいだ。
シングルで子育てしてきたけど、「シングルマザー」という言葉を返上したいと言う。理由は、「カップルマザー」などとはいわないのに、あえてシングルを付けて区別するのは、それが「フツー」ではないというメッセージが感じられるからだと言う。 そして、スウェーデンの保育園で、ひとり物陰にたつ少女が、決して寂しそうではなく、「みんなと一緒に」という価値観を押し付けることなく、それぞれの時を大切にする発想が、ごく自然に根付いているように見えた事などを報告した。
その後、休憩をはさんで、松田さんのウルトラマン親子の絵本の話と、遅出し勝ち負けジャンケンでからだをリラックスさせつつ、いかに「勝たねばならない」という意識をすりこまれているかを参加者全員に実感して頂いた。
さて、自由討論で会場から出た意見としては、まず、小黒さんから、地域としての子育て機能が近年なくなって来ていることの指摘があった。
育児を、個人のなかに閉じさせないこと。つまり、社会にむかっていかに開いていくかが、今問われているのだろう。
さらに、「いかにして地域に開いていくのか?」という問があり、石井さんから「京都では、立命館の中村さん等を中心に、その地域で流通可能なクーポン券を媒介に、育児や介護に地域の人達の支援が受けられる制度の試行が始まった。」と紹介があった。
また、労働基準法の改正(改悪)の動きに言及した富永さんに対し、「内容を教えて」という要求があり、裁量労働制や人材派遣の職種拡大などの、やもすると、ある期間の一日当りの労働時間が伸びて、さらに仕事と育児の両立が困難になる状況への動きがあるとの説明があった。 また、中小企業の勤め人や、営業職の人達にも、取りやすい育児休業制度にする必要性の指摘があった。
ある年配の男性からは、愛情表現と性役割の問題にからめて、「妻が夫に、愛情表現としてお茶をいれることは良いことだ」との意見があった。夫も妻にお茶を入れてあげることができるような、役割を性別に固定させない柔軟さがあればよろしいのでは、ということであった。
日本の育児休業の取得状況は、女性対男性で、99.2対0.8と、まだまだ男性に取りにくい状況がある。原因としては、休業中の所得補償(=25%)の少なさと男女の賃金格差の問題、育児休業によってキャリアに傷がつくことを恐れる男性側の意識や、育児は本来女性の仕事であると言った社会的意識など、根が深いものがあるようだ。
こじんまりとした分科会ではあったが、3時間が短く感じられるような、有意義な意見交換ができたと思う。