うろたえよう

 彼女から妊娠を告げられます。それが最初の子供なら、ここは大いに戸惑いましょう。なかには、初めから大喜びする男もいるけど、やっぱりここは大いに狼狽えておきたいのです。

 予期しない妊娠なら、本当に親になるつもりがあるのか腹を括らなきゃいけません。彼女との関係から、まず、はっきりさせなくてはいけない場合もあるでしょう。予期していた妊娠だって、事情はたいして変わりません。自分の体は何一つ変わらないのに、彼女からの「できたわよ」の一言で、あなたは「父親」になってしまうのです。そこで悩む人は、父親とは何なのだろうかと自問を始めます。滅多に無い機会ですから大いに考えこんでください。悩まないタイプの人は、それでもいいのですが、折角ですから悩んでみてもいいのじゃないかというのがここでのアドバイスです。

 「父」という「親」の役割を引き受けるとしても、その親の役割とは何なのでしょう。「母親と子供のために生活費を稼ぐ」だけが父親の役割と思っていたら、こんなページは読んでいないでしょう。父親の役割を自分なりに考えた結果、こんなページを読んでいるのだと思います。このページや、関連のQ&Aページでは「父親とはかくあるべし」という書き方はなるべく避けるつもりでいます。それよりは「こんな考え方で父親している人もいる」ことを伝えるようにしたいのです。私が育児の先輩から学んだこと、あるいは学ばなかったことを自分たちなりにまとめて(あるいは未消化のまま)、これから育児する人たちに伝えたいのです。それは、私が父親になったときの狼狽を、伝えることでもあります。

 あわただしく育児をしていく中で、その最初の戸惑いも忘れがちになり、いつしか子供は育っていきます。しかし、一番最初の戸惑い、「俺は本当に父親になるんだろうか」「いったい何をすればいいのだろうか」は私の育児の出発点でした。ですから、最初に言いたいのが「戸惑いましょう」なのです。育児にはすべての人に共通な正解はありません。戸惑い、そして自分が何をなすべきなのか、一人一人の答えを探しに行く途中で、こんなページを読んでもらえればいいな、というのが希望です。

どう育てるか

 父親になる決心をしたのか、諦めたのか、とにかくあなたは腹を括りました。次は、子供をどうやって育てるのか見通しを立てることに移ります。このページは「いくじれん」という男も女も共に仕事と育児を両立させようというグループが作ったので、子供が生まれた後も両親が仕事を続けること、あるいはそれを希望しているという前提に話を進めます。ですが、もちろん母親が専業主婦している家庭、あるいは母親か父親かどちらかの、ひとり親家庭の参考にもなるように書いたつもりです。

 まず産休があけたら、どうするか?母親が育児休職するのか、父親が育児休職するのか、おじいちゃんかおばあちゃんに預けるのか、すぐに保育園に預けるのか、様々な選択肢がありますが、ここでひとつのアドバイスをしておきたいのです。それは、

「育児休職などよりも保育園のことをまず考えたほうがいい」

です。育児休職は長くて1年から2年程度ですが、育児は十数年続きます。小学校への就学までをとりあえずの目標としても、入学までの6年という期間をどう乗り切るか考えねばなりません。そこまで先を考えても、転勤だとかやむを得ない引っ越しでご破算になることだってあるのですが、そのときはそのときで考えることにしましょう。

 働きながら育てるなら、その期間の大半で子供を保育園に預けるのが普通ですし、そうであるなら、保育園を中心に子供の生活が営まれます。できるだけ、保育園のことを調べたほうがいいです。色々なことが判ってくる筈です。どんな保育園なら自分の子供を預けてもいいと思えるのか、夫婦でよく考えてみてください。(ひとり親家庭ならひとりで考えるのもいいですが、誰か育児の先輩に相談するのもいいです。)

 保育園に関しては育時連ともおつきあいのある「保育園を考える親の会」が作った『初めての保育園』主婦の生活社、が懇切丁寧に解説していますので、お勧めします。育時連HPの中にも「保育園を考える親の会」と共同で作ったFAQがありますので参照ください。

保育園が問題だ

 子供を育てることを考えていくうちに、子供を育てたい環境を考えたり、通勤のことを考えたりしているうちに、引っ越しを考えることがあるかも知れません。一般に家と職場と保育園の3角形はできるだけ小さい方がいいのですが、おじいちゃん、おばあちゃん等のいざというときに頼れる近親者が近所に居るかどうかも大きなポイントでしょう。保育園の制度は大きな地域差があってそれも大きなファクターになります。都会の騒音と排ガスのなかで子供を育てたくないという考えもあるかもしれません。いろいろなことを考え合わせて、どこで育てるかを考えてみてください。

 そうやって、住む場所を決め保育園について当たりをつけます。その希望の保育園入園時期と言えば、多くの場合4月入園になるでしょう。それを逃すと入れないことが多いのです。そうなれば育児休職の期間が自動的に決まってしまいます。もちろん、一年間は育児休職して、たっぷり赤ん坊と付き合いたい人もいるでしょう。それでも、休職明けに、すぐに保育園に入れるかどうかはチェックしておくべき項目です。

 そういうことを考えた上で、母親が育児休職するのか、父親が育児休職するのか、交代でするのか、育児休職せずに何かの手を打つのか、それを考えてみるのがいいのじゃないか、というのが私のアドバイスです。

働き方を考え直せ

 同時に、会社の働き方も見直した方がいいかも知れません。会社の仕事に責任を負っていたの同様に、あなたは家庭で育児という責任を負います。(負おうとしない男もいますが、ここでは負うことを決めたものとして話を進めます。)

 今までの働き方でやっていけるのかどうか考えなくてはいけないでしょう。会社の仕事があなたの自己実現にとって大事なものであるにしても、あなたの妻や子供にしわ寄せして得られた自己実現が意味のあることなのか、そこから考えて欲しいのです。本当に忙しいのは生まれて数年です。あなたの長い職業人生から見れば短いその期間に、職業に費やす時間を多少減らして育児の時間を作ることがマイナスなのかどうか。それを考えてみて欲しいのです。

子供が手を離れたときに、能力さえあればそこから仕事に追いつけるような、社会の仕組みがあればいいなと、私は考えています。でも、現実にはそうなってないですから、理想論ばかりも言ってられないでしょう。その理想論に近づけることができたらと考えて、こうしたWEBページを作っています。育児という、人間として大事な仕事と、金銭的にも心の糧としても大事な会社との仕事をどう、折り合わせるのか。その解答は人それぞれです。自分なりの解答を探すしかないのです。

付け加えておくと、育児をきっかけに会社での仕事のあり方を考え直すようになった人は(男性にも女性にも)多いです。

新生児育児!

 多分、いままで新生児の育児練習なんてしたことはない筈です。場合によったら、赤ん坊を抱いたことすら無いかもしれません。こうなれば、本屋に必ずある育児書を買いあさって読んだり、人に聞くしかありません。このページにあるQ&Aも参考にしてください。

 お勧めのひとつは松田道雄『育児の百科』岩波書店、です。分厚くて重くて「古典」として知られる本ですが、今なおその実用的な価値も、育児の指針を与える本としての価値も失ってはいません。特に、この本は三歳児神話に対抗して、集団保育の価値を積極的に評価した本でもあります。その部分だけでも読むに値します。

家事のエキスパート

 家事をまんべんなく出来ている男性はそんなに居ないと思います。まんべんなく出来なくても、彼女との二人暮らしはなんとかなっていたのかも知れません。でも、子供がやってくれば、そんなことも言ってられなくなります。これを機会に、家事を一通りこなせるようになっておきましょう。

 多くの男性は「家事ぐらい、やれば出来る」と思っているらしいのですが、それは家事をみくびっているかもしれません。他の仕事と同様、殆どの家事はやり続けてこそ身につくのです。

 自分で一年間、洗濯ものを畳んでしまい、季節の変わり目に洋服を出し入れするから、たんすの中が把握できるのです。あなたのパートナーがやっているのを横目で見ていたり時たま手伝う程度で頭に入るとしたら、相当に頭がいい人でしょう。フツーの人は、やはり自分でやらなければ身につきません。

  いつも家の中を掃除してれば、家の中の整理感覚も身についていきます。妻から夫に対する不満の典型に「脱いだ靴下をどうして自分で片づけられないのか」というものがありますが、あれは「家の中を片づける当事者意識」がないからだと言われています。自分の仕事だと心の深いところでは納得していないので、脱ぎ散らかした靴下が「見えない」のです。見えても意識が素通りするのです。「汚ない部屋で住むのが気にならない」と主張する男性も多いかとは思いますが、子供が部屋を散らかしてそれを注意するとき、恥ずかしくない程度の整理感覚は身につけておいてもいいかと思います。

また、毎日あるいは頻繁に食事を作り続けていれば、効率的に作って片づける手順がのみ込めるようになります。たまに趣味的に作る、いわゆる男の料理では日々の慌ただしい生活には追いつかないと思います。冷蔵庫の中身を把握しながら日々の献立を組み立てる「主夫の料理」としての感覚を身につけておきたいのです。

 「やれば、出来る」と思っているが、ときたま手伝う程度なので要領が悪く、パートナーから感謝されるよりは細かく文句を言われて気を悪くする。男の家事育児が陥りやすいのはこんなパターンではないでしょうか。

 もちろん、人には得手不得手があります。それでも、日々の家事のどれかひとつくらいは確実に身につけておきたいものです。何故かといえば「自分一人で出来る」という自信がとても大事だと思うからです。多くの男性はその自信がないことをどこか自覚しているから、手伝い気分が抜けません。その結果、「俺はこんなに手伝っているのに、どうして評価してくれないんだ」という不満が男性側に募り、女性の側には「基本的なところでは私に頼っているのに、褒めて欲しそうな顔をしないでよ、子供じゃないんだから」という不満がたまり、古典的な夫婦間のねじれに発展するのです。多くの夫婦がそんな感情のすれ違いを経験してきました。

 理想を言えば、妻に「協力する」のではなく、主夫として家事をしてこそ、妻と対等の立場に立てるのではないでしょうか。完璧を目指すと女性と同様にしんどいことになりますから、あまり突きつめないほうがいいのですが、それでも日々の生活の中で実際に手をつけていることが必要だと思うのです。

立ち会い出産!

 立ち会い出産は感動的な体験でした。尻込みせずに、志願して立ち会うのがいいです。他人の出産なんて産婦人科医でもないかぎり立ち会えないのですから、(他人の出産を見たいという人は特殊な嗜好を持つ人以外、あまりいないかも知れませんが、)ここは是非父親の特権を行使しましょう。自分が責任を負おうとしている子供が生まれてくる瞬間に壁を隔てた廊下で待たされるなど、みじめ過ぎます。母親になる人とよく相談の上、検討してみてください。

子供を抱きしめよう

 小さい命を抱き上げたとき、どんな感情にとらわれるのかは人それぞれでしょう。でも、できるだけ抱き上げて親と子のつながりを確認してください。私にとって、それは、至福の時間でした。

夜泣きと闘え!

 女性からくる古典的な批判のひとつに、「男の育児は良いとこ取りだ」というのがあります。調子のいいときに赤ん坊の相手をするだけで、うんこのおしめを替えるような「汚い仕事」には手を出さず、夜中に赤ん坊が泣いても母親に対応を任せてしまうようでは、そう言われても仕方ないでしょう。

 夜中にどうしても泣きやまない赤ん坊を抱えて、情けないような気分に襲われたり、その理不尽さ加減に怒りが込み上げたり、そうした育児のダークサイドにもつきあいましょう。そこを回避して、パートナーへの引け目を作ってしまうのは、ちょっと情けないです。やるからには女性に胸を張って「私が育児しました」と言えるようになりたいものです。

 もっとも、多くの母親同様に気張り過ぎて育児ノイローゼになってしまっては元も子もないので、塩梅も必要でしょう。育児ノイローゼになったら、同じ歳の子を持つ親の仲間を作って愚痴り合ってもいいし、パートナーに「育児休み」を申請して気晴らしにどこかに出かけてもいいし、憂さ晴らしをしましょう。それは母親の育児と、まったく同じです。

最後に

 以上、いろいろ書きました。正直に言えば、ここで書いたことを全て完璧にこなす男はめったに居ません。書いている本人からして疑問符だらけなのです。それでも、父親の育児のひとつの方向を示すものとして読んでもらえればと思っています。