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わきたさんちの歴史
1987年4月 同じ学科に進学
1989年3月 二人とも無事卒業
1989年3月19日 結婚式
1989年4月 同じ大学院に進学
同級生から出発した、横並び夫婦。学生結婚して、家でも一緒、学校でも一緒、離れるのはバイトのときだけというベッタリ生活。ふたりでおしゃべり三昧ケンカ三昧。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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「腰掛けで仕事して子供が産まれたらパッと会社やめて、思いっきり手間ひまかけて育ててあげるの。」と公言してはばからなかった。「え?子供が学校に入ってから転勤になったら?うーん、離れるのはさみしいけどやっぱり単身赴任かな。」 |
部屋の片づけもろくにせず、妻が食事のしたくをしている間に寝転んでマンガを読んでいる、よくいるぐうたら男。サボるのにもへ理屈をこねるから始末におえない。 |
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夫コメント:大黒柱やらされて『亭主元気で留守がいい』はいやだあぁ |
妻コメント:今は同じ学生なのに何で家事を手伝ってくれないの? |
1991年4月 二人ともメーカー(別々の会社)に就職
とりあえず共働き。一緒の時間は激減(それでもずいぶん遊んでいたが)。ケンカのネタは家事分担。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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仕事は時間内にできる範囲でまじめにやる。いそいで貯金してマンションの頭金ができたら出産して退職するつもり。家事はふたりでてきぱき済ませてたくさん遊びたい。 |
仕事は面白いので、人並みに規制いっぱいまで残業する。やっぱり大黒柱はいやで、ふたりで息長く働きたいと思っているが、家事にはなかなか手が出ない。 |
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夫コメント:なんか「暮らしていくために、金を稼ぐ」って意識がないなぁ |
妻コメント:残業代はいらないから家事してほしい。勝手に残業するなら家事もちゃんとやってほしい。 |
1993年4月 マンション購入
家も子供も欲しい、、と悩んでいたとき公団の分譲マンションに当選。家と子供を両方とって専業主婦を断念する決断。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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現状の家事の偏りは、「将来妻が専業主婦になる」という前提に大きな原因があることにようやく気付いた。立場を同じにする方が、わかりやすく対等でいられる、分担できる、共感できる。経済的にも、ダブルインカムは大きいということを実感。 |
バブルが弾けてマンションが値下がりし始めたので、家を買う気で燃えていた。頭金の貯金と住宅ローンのシミュレーションをパソコンで組んで、週刊住宅情報と首っ引き。あまり家事に興味なし。 |
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夫コメント:頭金だけ二人で貯めて「ローンはよろしく」はないだろ。 |
妻コメント:私が専業主婦になったらほんとに何にもやらなそうね |
1993年11月 第一子誕生(妻産休、育休)
初めての子供を挟んで楽しいひととき。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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初めての妊娠・出産は興味津々。けっこう熱中した。産後、「世間の常識」に従って実家で2週間を過ごしたが、パパがのけものになりやすい(特に家事から)からこれは失敗だったと気づく。 |
妻が妊婦になってしんどくなったら、だいぶ心を入れ替えて、色々手を動かすようになった。出産のときは助産院の待合室で頭が出てきてしまったので、慌てて先生を呼びに行く。ハニワ顔の赤ちゃんがかわいく見えるのには自分でびっくり。 |
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夫コメント:お疲れさま。元気な赤ちゃんをありがとう。 |
妻コメント:子育てには積極的だね(家事と違って)。 |
1994年4月 妻復職(半日勤務)、第一子保育園入園
なんとなく「世間並みに」妻が仕事調節して育児。家にいるとき育児することに抵抗はないが仕事はしょうがないと思っている夫。余裕があるはずなのにじめじめしたケンカ多発。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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家に赤ん坊と二人きりでいて、話し相手がいないのはしんどい。夫の帰りが遅くて、帰ってからもごろごろされると無性に腹が立つ。でもそれをうまく伝えられない…。半日は短すぎて仕事も進まないし、評価もされない。 |
家に主婦がいると、つい「あと少し」とずるずる残業してしまう。帰ると疲れていてあまり家事をしない。自分がしなくても家事も育児も何とかなっている。職場も「普通に」働くもんだと思っている。でもちょっと妻に後ろめたい。 |
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夫コメント:家で赤ちゃんとのんびりしてるのに、何いらいらしてるの? |
妻コメント:もっと早く帰ってちゃんと手伝って! |
1995年4月 妻フルタイム復帰
いやおうなしに交代で送り迎え。時間は厳しいが我が家のスタイル(対等な目線)をとりもどしケンカが減った。保育園、子供の話もすぐ通じて楽しい。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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「自分だけ」家事や育児を主になってやらなきゃいけない、仕事も進まない、という被害者意識を持たなくてすむ。一人前に稼いでいる自信も出てくる。夫に対する不満も減ったし、何かあっても率直に言えるようになった。 |
二日に一度定時帰りでは、やはり最初は怒涛の忙しさだった。計画的に残業時間を月10時間まで減らした。月間フレックスではないので0にはできない。仕事の調整は難しかったが、逆にイライラしなくなった。 |
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夫コメント:ケンカも前向きにな気分に変わって、楽しくなったよね。 |
妻コメント:片方が残業するとてんてこまい。でもお互い様ね。 |
1996年11月 第二子誕生、妻産休、夫育休
夫だけが家に長くいる状況は初めての体験。やっぱり経験しなきゃわからないことは多い。妻はもう経験者なので、家にいる夫の気持ちに理解があって楽。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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夫はずっと家にいてくれたんだから、会社から帰ってきたらせいぜい家事をしないと、と思ってあれこれやる。これ、当然だと思うけど逆のときはしてくれなかったよねー。残業はしないけど仕事には集中できた。ちょっと働く覚悟が変わってきたかな。 |
やらないと一向に進まない家事を前に、ようやく淡々とこなすことを覚え始める。週一度は会社帰りの大黒柱に夕食を作らせていたぐうたら主夫。しかし赤ん坊の世話はむしろ妻より向いているか?結構平和な気分で日々を過ごす。 |
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夫コメント:僕がウツ気味のとき、すぐに主夫の休日をくれてありがとう。 |
妻コメント:家に主夫がいると楽。夫はのんびりしてていい感じ。 |
1997年1月 妻産休明け復職
1997年4月 夫復職、第二子保育園入園
両方がいろいろ体験したところで改めて「聖域なしのライフデザイン」を追求。風通しと居心地がよくなった。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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仕事では、キャリアプランを自分なりに考えて、働きつづける目処がたった(と思う)。夫も家事育児に責任を持つようになったので気が楽。子供もかわいいし夫のこともあらためて好きになったかなぁ。 |
裁量労働になって、時間の融通が利くようになった。妻もすっかり稼ぎ手のひとりになってくれたので、とっても気が楽。でもこれでいよいよ言い訳は無くなったか…。保育園に迎えに行くと突進してくる笑顔が嬉しいが、二人とも「抱っこ」で、ちょっと腰が痛い。 |
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夫コメント:今の調子でいきたいね。3人目、どうする? |
妻コメント:長い道程だったけど、やっとここまできたねえ。 |
1998年4月 妻社内転職
1998年11月 「夫婦で育児」ホームページ本格立ち上げ
妻が仕事にも人間関係にも趣味にも、自分らしいカラーや価値の出し方をつかみ、ノリにのってきた。
2000年7月 第三子誕生、妻産休ののち夫育休
自宅出産も、夫の育休も経験済み。なにごともたんたんと進んでいく、、ということはないものだが(^^;;
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妻の状況 |
夫の状況 |
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3人目はもう無条件にかわいい。夫になるべくまかせようとするよりは、いっしょに楽しむ感じ。予定人数を産み終え、あとは順繰りに楽になるだけ、かな? |
育休だからどうということは今更なく、リラックスムード。スポーツクラブに通って体力づくり。ただし、なつきのミルク嫌いで意外にてこずる。 |
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夫コメント:(後日はいります) |
妻コメント:なつきのための育休というよりは、ひろ&なおのフォローと夫骨休めのための育休のような。 |
2000年8月 妻産休明け復職
2001年1月 夫育休明け復職
年度途中はなおきの通う園に入れず、無認可園&電車通園初体験。
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妻の状況 |
夫の状況 |
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仕事では復職以後また新たな切り口を発見し、けっこうのめりこむ。子育て経験で培ったコミュニケーション力、マネージメント力、文章力などが仕事でも武器になることをあらためて実感。 |
育休を取るのはいいけれど、復職してしまうと自分の思うように仕事と家庭のバランスを取れず、妻からも顰蹙を買うのが悩みのタネ。 |
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夫コメント:(後日はいります) |
妻コメント:どうしても(育児時間、おっぱいのため)負担がこちらに偏りがちなのに、さらに残業されるととてもつらい。 |
2001年4月 第三子保育園入園
これでやっと通常状態に。このあとは各種日記のほうに詳しく載っていますから、そちらをご覧ください。
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