我が家の家事分担歴(脇田)
コンピューターメーカー勤務、8歳5歳2歳の3人の子どもがいます。
調査の中では、「まず実態が効く」「性別役割分担意識も少しは効く」という話
でした。しかし、私たち夫婦はその点からいうとなんの問題もないようでありな
がら、家事分担に関しては実際のところながい紆余曲折がありました。
学生のころ:「手伝ってほしい」は難しい
私たちはクラスメイトどうしの結婚で、そのまま大学院に進み、二年間は学生で
した。その間、立場は同じだったのですが、家事は私に大きく偏っていました。
それが私にとっては大きな不満でしたが、今考えてみると、私は将来専業主婦に
なりたいという希望をもっていて、自分のやり方で家事を抱え込んだうえで、今
は学生どうしなので、半分手伝ってほしいと思っていたのです。
下働きでやる家事がおもしろいわけがないので、進んで半分やるのはありえない
と今では思います。加えて、私たちは「女の子には手伝わせる」「男の子は勉強
していればよし」、家庭科は女子のみというような時代に育ったわけで、スター
トから家事能力など体に染み付いたものは大きな差があったわけですから。
それでも、子どももいない間は家事の量もしれていますし、学生の間は暇がたく
さんあったので、たいして大きな問題ではありませんでした。
共働き子どもなしのころ:見かけ上の立場が同じでも
その後同時に就職しましたが、相変わらず家事分担の不均衡は変わりませんでし
た。むしろある意味悪くなりました。私は、いつもほぼ定時に帰っていたのに、
夫は仕事の都合にどんどんのみこまれて、長時間の残業をしていました。私は
「残業代はいらないから、早く帰って、家事もふたりでさっさとすませて、ふた
りでゆっくり遊ぼう」という希望をもっていたのに、どうしてもそうならない。
夫も、残業代がほしいというわけでもないのですが、仕事を「ちゃんと」やると
いうことからしかたがないと思っていて、それが理解されないもどかしさを感じ
ていたようです。
そのころ収入は同じくらいでしたが、私は「腰掛け」のつもりであり、夫は「一
生の経済的責任」を負わされていたのです。その状態で、どうして定時帰りでき
ないのという問いはある意味無責任ということです。私は、家事をしてもらえな
いことに不満をもっていたけれど、夫の無責任と私の無責任はいわば裏表である、
とじわじわ気づいてきた。
第一子誕生:フルタイム共働きが一番楽
それで、子どもが生まれても仕事は続けると、それは私にとっては大転換でした
が、そのように決めてから第一子が誕生しました。
ただそのときは、子どもが保育園に入れるまでとか、乳児のうちとか、仕事を調
整するなら自分のほうという思い込みがあって、私が育児休業を取りました。
しかし実際に私が休みや、短時間勤務をとっていると、夫は「安心して」長時間
労働に流されていき、私のイライラはつのりました。私がつわりで寝ているとき、
出産直後などの「わかりやすくどうしようもないとき」を除くと、そんなに家事
を進んでするようにはならなかった。
それが私がフルタイム勤務に戻ったときに大きく変化しました。子どもの送り迎
えをするために、物理的に夫婦交代でやりくりすることが必須で、お迎えをすれ
ば当然子どもの相手をしながらご飯の支度、洗濯やら明日の保育園の支度をしな
ければならない。とても、わかりやすかったんです。
そうすると、時間的にはもちろんシビアなんですけれども、私の側からみて、
「私ばっかりなんで」というのがなくなって楽。夫の側からみても、それまでに
あった後ろめたさがなくなって楽。急に風通しがよくなりました。
喧嘩はやっぱりよくあったのですが、建設的な喧嘩ができるようになりました。
二人の立場が違いすぎるときは、私がイライラしているのをじめじめ貯めてはわ
けのわからない爆発をするような、そんな喧嘩が多かったのです。
第二子誕生:夫の育休でバランス回復
二人目が生まれることになったときは、またあのじめじめした状態に戻りたくな
いので、今度は夫が育休を取ることはすんなり決まりました。
偏る状況をただ逆にして、どうなるかということもあるのですが、いったん偏っ
ていたバランスを引き戻す意味があり、また、これまでみえていなかったものが
お互いに見えて、私たちにとって大きな財産になったと思います。
私のほうも、自分が会社にいき夫が家にいる状態を体験することで、稼ぐ責任に
ついて腑に落ちるところがあり、仕事との距離感を立て直すことができました。
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