働くママ&パパのがやがやトーク
→ どう思う?保育園・小学校での呼び名
HP掲載 2007 4/3
■保育園・小学校で、先生やお友だちに子どもはどう呼ばれていますか? もう一度子どもたちの「呼び名」のこと、考えてみませんか?
◆上の子が小学校一年生(女児)のパパより
娘の小学校一年生の友だち同士の場合、8割程度が「名前の呼び捨て」ですね。親も、主に親同士が親しい場合ですが、子どもの友だちに対しても「名前呼び捨て」というケースが全然珍しくない。
我が家ではめったに娘を呼び捨てにはしないし、よその子の呼び捨てにいたっては絶対にありえないこと。娘の保育園(公立園)は、保育士さんからは勿論ちゃんづけだし、親や子ども同士が他の子どもを呼び捨てにすると注意されるような園だったこともあって、娘のカルチャーショックは結構大きかったようです(当初はいちいち「呼び捨てしないで!」と怒っていた。今でもまだ納得はしていない模様。自分からは律義に「はなこちゃん」「たろうくん」と呼んでます)。
で、面白い(?)なと思ったのは、他の親たちと話していて、同じ杉並区の公立園でも、保育士さんが呼び捨て、その結果、園全体の親子で呼び捨てが慣例、なんて園もあることが判明。保育士さんは人事異動してるはずなのに……。
◆きょうだい2人保育園在籍のハハ(女児、男児)より
私の園では「呼び捨て」と「ちゃん付け」が先生によってさまざまです。公立だからか?方針らしきものはない模様。
2歳児の頃に子どもが偉そうに「○○がさあ〜」って私に話しかけたのが気になって、先生が子どもを何て呼んでいるのか、送迎時に耳を立てるようになりました。
子どもが大きくなって、お互いに信頼関係があって呼び合うなら別に何とも思わなかったんでしょうが言葉を覚えはじめなのに、最初からそういうものだと感じてしまうのもなんだかなあ〜と思ったので先生に「うちの子が偉そうにお友だちを呼び捨てにします。まだ2歳だし、それをいいと思ってしまうのも親としては困ってしまいます。ぜひ呼び捨てにしている場面を見たらちゃん付けを指導してください」と連絡帳に書きました。それから呼び捨て指導の先生は、ちゃん付けになりました。
実は私は子どもから「○○ちゃん」と呼ばれてますが(ママ・母ではない)、これはさんざん先生方の批判を浴びました。子どもは呼び捨てしています。まっ、頼みごとをするときは「○○ちゃ〜ん」とネコなで声を出していますが(^^;)
◆小学生のハハより(女児)
あの……娘の小学校の1-2年の担任が、子供たちを呼び捨てにしていました。女の先生ですよ。「○○子」というように。私はびっくりしたものでした。3年生になり、担任がかわり、その女の先生が「○○さん」と呼んでくれて、ホッとしたのを覚えています。
保育園のときは公立でしたが、呼び捨ての先生は一人もいませんでした。みな「○○ちゃん」「○○君」でした。ですから、小学校にはいって驚きました。今、男の先生ですが、しっかりとさん付けで、苗字を呼んでくれます。
1・2年生のときは、女の子同士はちゃんづけまたはニックネームでした。男の子は、女の子の名前を呼び捨てにしていたようです。女の子も男の子には、呼び捨ての場合が多かったようです。
子供たちはともかく、名前(苗字ではない)を呼び捨てにするあの1・2年の担任(ちなみに、50代前半でした)は、それだけではなく、全てが問題ありでしたが、やはりあきれます。それとも、そういうもんでしょうか?
ちなみに我が家では、I家のようにふだんは呼び捨て、都合によって「○○ちゃ〜ん」とつけます。
◆保育園児のハハより(女児)
うちの園(公立認可)では、担任が名前を呼ぶときは「○○ちゃん」「○○くん」ですね。ただ、同じ名前の子がいるときは、苗字で呼んでいます。親としては、呼び捨ては違和感がありますねぇ。
うちの子がゼロ歳の保護者参加の行事のとき、担任が子どもの名前をもじった呼び方をしているのを発見。それが一般的には猫を呼ぶのと同じようだったので「やめて」と言おうかどうしようか、と思っていたら(他の点ではすばらしい先生なので)、その先生が産休になってしまい、そのままになってしまいました。
この前その先生が遅番の時に気がついたのですが(4年ぶり)、やっぱり同じように呼んでいました。ニックネームのつもりなんでしょうかね。
古い話で恐縮ですが、私が小学生の時に、生徒の名前を呼び捨てをする男性の先生が赴任してきたときに、女性の先生が「キャバレーじゃないんだから、呼び捨ては良くない」と言っていたのを覚えています。
なんか、理由が笑ってしまうなぁ。
◆保育園児のハハより(男児)
私が呼び捨て問題について感じるのは、呼び捨てが行なわれる環境にもよるのかなということ。保育所の1年上のクラスに、一人友だちを呼び捨てにして、親達からブーイングをくらっている子がいます。私も、偉そうに自分の子を呼び捨てにされてのを聞いたときは、正直言って不快に思いました。
しかしながら、日本以外の先進国では、基本的に友達同士は呼び捨てなので、それに慣れてしまうと、違和感を感じません。
相手を見下したような意味を含めて呼び捨てにする場合は、問題ですが、それ以外では、どんなもんでしょうかねえ。やはり日本の文化を大切にする意味で、呼び捨ては禁物とすべきか、悩ましいところです。
◆保育園児のハハ(男児)
私は実は呼び捨てに関しては無頓着だったのですが、やはり不快に思う方もいるのだと、皆さんのお話を聞いて反省しました。あまり意識してはいませんが、そういえば呼び捨てで呼んでいる子どもは親同士が親しい場合かもしれませんね……。
でも小学校の低学年なら、苗字でさん付けで呼ばれるより、呼び捨てでも名前のほうが親しみがあっていい感じがしません? 保育園で息子が呼び捨てにされているのを聞くと、なんだか仲間同士という感じがして、うれしくなったりしてました。
尋常小学校の教員だった明治生まれの祖母が、晩年既にすっかり老人になっている教え子に“はつこぉ 元気かぁ”などと話しかけているのをみて、ほのぼのしていいなあーと思っていました。でも相手がどう感じるかが問題なのでしょうね。
◆私立認可園児のハハ(男児)
わが園では、先生は子供を基本的に「くん」「ちゃん」で呼んでいます。入園の時に面談で「家ではなんて呼んでますか?保育園ではなんと呼んだらいいですか?」と聞かれます。
たまにニックネームの子(EX.けんたろう→けんけん)もいますが。
年長の息子は1歳児の入園時から、先生に「○○ちゃん」と呼ばれてますが、最近は「男の子はみんな「○○くん」なのに、僕だけ「ちゃん」だよぉ」とちょっと不服そうですが。
で、子供同士ですが、やっぱり先生が呼んでいるように「くん」「ちゃん」で呼んでいましたが、年中ぐらいから、名前の(名字ではなく)呼び捨てが多いですね。うちは年長40人のマンモス園ですが、親しい子同士はまず呼び捨てですね。男の子も女の子もお互い 呼び捨てにしてますねぇ。年月と共に親しくなっていっての呼び捨てという感じもするので、私は違和感はないです。あ、でもたまに年中や年少の子で、年長の息子を呼び捨てにしている子がいるとやっぱり違和感はありますね。私は「自分より大きい人を呼び捨てにしてはだめ」と教えています。なので、2歳児クラスの妹が自分の友達(年長)を一緒になって呼び捨てにしたりすると、妹に「自分より大きい人にはくんやちゃんをつけなさい」と指導しています(笑)。親がよその子を呼び捨てにするのは、ほとんどないですね。かなり親しくても。
ちなみに私は息子や娘のことは呼び捨て:ちゃんづけ=6:4ぐらいかな。怒るときは4:6ぐらい。
◆保育園児のハハより(女児)
先日、同じ年頃の子どもつ友人3家族とスキーに行ったのですが、そのうちのひと家族が、子どもの名前を呼び捨てで呼んでいました。うちでは娘を「ちゃん付け」で呼んでいたので、自然と自分のことを「○○ちゃんねぇ」と言っていたのですが、その子は「○○子がね」と自分を呼んでいたので、娘も「○○子!」と呼び始めたのです。私にはちょっと不自然に聞こえたので、「○○子ちゃん」と呼びかけるように会話を続けたのですけど、呼び捨てが8割ということは、最近の小学生の間ではスタンダードになりつつあるんでしょうか。親近感が増すってことなんですよね、きっと。
世代によって日本語のニュアンスが変わっていくのは仕方ないことだと思いますけど、保育園世代(?!)は生活の基本を学んでいる最中なので、先生が呼び捨てっていうのはどうなのかなぁ……と。家庭で自然に呼び捨てにしているのと、先生がするのは意味が違うと感じます。小学生になって、自分で納得して呼び方が選べるようになるまで、「ちゃん」「さん」「くん」をつけて欲しいと思うのは古い世代なんでしょうか。
ところでちょっと別の話になりますが、最近転園した娘の保育園では、保育士さんを「先生」と呼ばず、「○○さん」と呼ばせています。最初、私の頭がついていかず、とても違和感を覚えましたが、毎日長い時間一緒に生活して、それぞれの保育士さんからたくさんのこと吸収して「人」に近づきつつある娘を見ていると、自然に感じられるようになりました。娘も大好きな保育士さんに親愛を込めて「○○さん♪」と呼びかけています。ということは、形式より心? 早くも子どもの成長についていけなくなりそうです…(^^;)。
◆そしてうちの場合(スタッフ)
我が家の場合、ちょっと特殊ケースなので御参考までに。保育園時代は名前の呼び捨てはありましたが、名字の呼び捨ては先生、お友だちを含め、一切なしという環境でした。で、小学校に入るに際し、「べっとう」歴30数年の父親から「だいたい小学校に入ると一度はいわれるあだな」についてのレクチャーをしました。「べっとう」をもじって「おべんとうくん」「ベートベン」等々いくつかのパターンをだして、「こうからかわれることもあるかも」といわば「予防接種」をしておくと共に、それでもし不快を感じるなら、そのことは相手に伝えていいんだという話しをしました。
そして入学して自己紹介となったとき、彼は「僕のことはたくやと呼んでください」と言ったそうですが、誰も呼んでませんね(^^;;みんな名字呼び捨てです。男女問わず。クラスでは、「名字呼び捨て」「名前呼び捨て」「愛称」が混在してますね。性別差はまったくないので、それがどういう基準によるものかは不明です。なんとなく一番呼びやすいものを選んでいるという気はしますが。(例:なつみさんだったら、「なっちゃん」のほうがなんとなく呼びやすいので、自然と愛称で呼ぶというように)
名字の件については、やはり事前のラインナップ通りの!?呼び方でからかわれたこともあったようで、保護者会のときなどに本人は不快を感じている旨、さりげなく伝えたところ、保護者の中に「ごめんなさいね〜。実は家では遊びにきたときおばあちゃんが……」なんて笑える話もでてきました。呼び捨てか否かという問題だけでなく、「嫌いな愛称をつけられる」ということも、大人が考える以上に子どもには不快なのかもしれませんね。
ちなみに私は自分の子どもに対し、絶対に呼び捨てができません。自分でも理由がわかりません。なぜでしょう???
「はじめての学童保育」でご講演いただいた野中先生からのコメント
先日、「はじめての学童保育」の集いに参加したとき、会の事務局の方からメーリングリストで、呼び名のことが話題になっていることを聞きました。よろしければ、飛び入りで発言させてください。
私は、学童保育の中では、「自分がそう呼ばれたい、そう呼ばれてもいい」と言うことを尊重すると言うモラルを定着させることが大切だと思っています。
呼び名については、目上の者や力のある者がそこでの呼称のあり方を決めると言う関係が働くことが多いのですが、私は、これは変えたほうがいいと思っています。日本語の相手に対する呼び方は、社会的な関係や親しさの度合いによって異なります。その意味では、家族の中での呼び方、親しいもの同士の間での呼び方、学校や学童保育での呼び方、それぞれに異なる部分があるのは自然なことですが、どの場合でも、名前を持つということは人が社会の中で存在する大切な出発点のひとつであり、自分を大切にし、他者を認める出発点でもあるということを忘れないでほしいと思います。
力のあるもの(大人も含めて)が一方的に呼び名を決めたり、「似合っている」とか「かわいい」とか言って本人の承諾なしに勝手に呼称を決めたりすることは、呼ばれる人の心を傷つけることがあります。いじめにおける呼び名の扱われ方を見れば、このことはよくわかっていただけるはずです。複数の子ども達が、ある特定の子をいじめるときには、最初は「呼び捨て」から、「その子の嫌がるあだ名や汚い呼び名」をつけ、「あいつ・こいつ」とエスカレートするにしたがって名前を消していきます。
私は、「自分が呼んで欲しい呼称・呼ばれても良いと思える呼称にする、他者に対してもそのようにする。」ことを、もっと子ども達の間に広げていって欲しいと思っています。家庭でも、「友達が○○と呼んでいいよというまでは"くん""さん"で呼ぶようにしよう」と教えてあげてみてはどうでしょうか。
(文京区学童保育指導員 野中賢治)
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